社会的つながりは家族葬のデメリットとなるか

家族葬は、家族や本当に近かった友人などだけでお葬式をおこなうかたちです。これ以上広げないことが、大きな特徴になってくるでしょう。故人は家族のものなのか、そうではないのかといったことがかかわってきますが、デメリットにもつながってしまう部分となるでしょう。

人間はお互い助けられて生活しています。これがしがらみを作る理由になってきますが、最後の別れができないことを悲しむことが出てくるでしょう。デメリットとして浮き上がってもきますが、そもそもそういった人は呼ぶことも考えるはずです。故人の最期を理解してあげるということも、本来の友人ならできるでしょう。例えば、お葬式には参加はできないが、顔だけは見せてほしいと話をすることも出てくるはずです。家族葬であることを理解してあげることも、友人であればできるでしょう。人間関係は一日にしてできあがらないことを考えれば、こうしたことも理解ができるはずです。去っていくような関係であれば、社会的な関係ではないといっても過言ではありません。

もしも、家族葬というものが全く理解されていない世の中であれば、社会的なつながりを理解できていないと批判されることもあるでしょう。お葬式が礼を伝える場所であったことも間違いありません。だからといって、必ずお葬式の場でなければいけないわけではないでしょう。話しをできる場があれば、お互いに礼をする場もできあがります。すべてを集約させなければいけない考えが、こうしたデメリットと呼ばれる部分を作り出すことになるでしょう。

実際に高齢化社会ともなり、社会的関係が年齢とともに希薄になるような世の中にもなってきました。挨拶程度しか近所と交わさないといったことも珍しくありません。変に付き合いがある方がわずらわしいといったことも珍しくないでしょう。亡くなった挨拶をするといった最低限の礼をすることによって、社会的にも問題がない場合も増えてきているのですから、家族葬のデメリットは時代の流れをそのまま映しているともいえるはずです。